偶像に夢中になるのはちょっと。

セミリタイア、早期退職、アーリーリタイアの心構えについて、
筆者の考え方を述べていく9回目です。

貯金も習慣化して早期退職へまっしぐらですね。
今回は筆者の趣味の中でこれだけは夢中になるのを避けた、
やめておいたほうがいいナンバーワンを紹介します。

それは「偶像崇拝」です。

ひとびとが作り上げた虚構の存在、あがめられたり持ち上げられるもの。
そして、どれだけ手を伸ばそうとも決してあなたの手に入らない存在。
それが「偶像崇拝」です。

いったい、この現代社会で偶像とはなにを差すのか?
奈良の大仏か?
北海道のニポポ人形か?
いいえ違います。

それは世間一般で言うところの「芸能人」です。

てかと
アイドルとか俳優というカテゴリにいる
ルックス、歌唱力、演技力、芸術のずばぬけた才能をもつもの。
彼らの行動や発言に人々は魅了される。やばい。

学校の知人や職場の同僚ならば、関係を進めて
友達や恋仲になれることもあるが、
虚構の存在とは仲良くなれない。
そこがネックな高値の花。

なんで、筆者は芸能人に時間や金を使わないようにしたのか?
それを説明していきます。

理想通り作られた完全体。夢に近い。

勘違いしないでほしいのは、ほかのひとが夢中になってやることを
否定も批判もするものではありません。
人の数だけ幸せの形、定義はあるのです。それを奪う気は毛頭ない。

てかと
ちなみに筆者の幸せは「高い目標を為した」ときの
充足でしか得られません。
求める幸せのジャンルがあわない模様。

さて、本題ですが・・・。

筆者は超がつくほどの芸能オンチでした。
お茶の間をにぎわす天才アーティストたちの名前と顔が一致しない(苦悩)。
流行歌の歌詞にも興味がなく友人たちがやっていた暗記をする気がない。
とにかく波長があいませんでした。
ここ重要子供の直感からくるささいな違和感でむしろ避けていた。

多感な子供時代で理解できたのはまんが日本むかしばなしとドラえもんくらい。
話のうんちくや伝承にこめられた意味が道徳的で想像や善性のあるものは、
子供心に理解もできた、それは多感な青年時代まで続く。
ただ、面白かった、笑えた、涙した、みたいな作りものの感動は三秒で忘れました。

てかと
野生のゴリラは知能は比較的高い動物だが、
演劇が一切理解できないという。
筆者もまたゴリラ脳なのだ(笑)。
筆者が理解できたのは、彼らはもちえた芸術の才能を極め、
人々を魅了することができる天才だということだけ。

しかも、ひとの入れ替わりが激しいため。
記憶にも残らないものもいた。
彼らにいれあげるには筆者には興味も感心もなかった。
性格的にラッキーだったと今は思っています。

厄介なことに彼らはスポンサーや興行主の意向で動く。

しかも、厄介なことに彼らは世間の注目を集めやすい。
行動、発言、衣装に装飾、すべてが注目される。
なにか失言すればスキャンダル。
役を演じているだけなのにファンに対して説得力をもつ。

おまけに彼らはスポンサーや興行主の意向に逆らわないので、
政治的なメッセージを発信することがある。
政治、経済はすべてつながっており、芸能活動も同じ。

未成熟な若者だったとき自分がいれあげるカリスマのような存在に、
思考を影響されるのは大変危険だった。
筆者は関心がなかったのでスルーできたから、
まだよかったが・・・。

この世はすべてつながっている。
芸能界と経済や政治が切り離されて語られることは決してない。

ハリウッド映画だって80年代とかは社会主義、共産主義を
さんざんに批判していた。
まさかソ連がなくなったり、東西ドイツが統一されるとは・・・。

それほど、喧伝効果のあるものが芸能人。
だから、筆者は近づかない、というわけなのです。
飽きっぽいけど火が付きやすい民族だからな、日本民族。

今時だと韓国の芸能グループで防弾少年団(BTS)という世界的アーティストが、
原爆のプリントされたTシャツをきて韓国、開放、愛国というキーワード
をいれて日本人の心情を逆なでしています。
そして彼らはスポンサーや興行主の意向に従い、
自らの行いに対して日本人の心情にいささかの配慮もすることはない。
もう詰んでいると言えましょう。

てかと
年末の紅白歌合戦、出場予定だったの蹴られたらしい。
これだけ怒りを買えば当然だろう・・・。

彼らは意図しても意図しなくても政治的なメッセージを発信する。
その威力はソ連崩壊のように国がなくなるほどの影響力を行使する。

隠者のような生活をすることを薦めるわけではないのですが、
早期退職したいのならばショービジネス、芸能界については
割り切って楽しむこと。

筆者みたいなタイプは彼らの発した政治的メッセージが、
芸や演技であると割り切りができない。
だから捨てたほうがいいい世界である、
と今も思っています。

まとめ

ひとの趣味嗜好には千差万別。いろんな趣味があります。
筆者は人なみの幸せを虚構の存在に求めるのは避けていました。

芸術を極めた天才たちの活動を一切批判も非難もするものではありません。
人々に夢を与える存在、その行いを称えたいほどです。
ただ、理解できなかった・しなかった男の物語なのです。

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事