使うお金は「増えた分」。元金に手を出さない。

セミリタイア、早期退職、アーリーリタイアの心構えについて、
筆者の考え方を述べていく12回目です。

今回は使えるお金の限度額をマイルールを作って抑える方法です。

お金は天下の回り者、とは言いますが・・・。
湯水のようにお金を使うだけでは、一方通行で回ってません。
当たり前ですが手取りが20万円で50万円使ったら赤字です。

世の中には年収2千万円で5億円の豪邸を買い、
2億円のローンで苦しむ夫婦もおられるとか。
同じ人間に生まれても背負う業の深さは人それぞれです。
ならば同じひとの一生、楽に賢く生きたいですね。

それでは筆者のマイルールを作った契機から語っていきたいと思います。
少々おつきあいください。

スタートは修羅モードだった

それは平成も終わろうという今年、
バブル経済がはじけ飛び、ゼロ金利がはじまって以来、
20猶予年の時が流れました。

筆者たち団塊ジュニア世代は就職氷河期から入って、
給与も金利も増えない、経済に黒死病が蔓延したかのような
日本で戦いがはじまりました。

そんな、わたしたちの世代が使えるお金は銀行に預けても、
ほとんど増えない状態のままです。

てかと
うちの親は低利の共済から金借りてゆうちょに
預け利ザヤで増やしたという。
団塊世代は時代の寵児すぎますね。

そんな筆者も最初は貯金ゼロからスタートした。
金を貯める方法は前述した記事を読めば参考になるでしょう。

どれだけゼロをかけてもゼロのまま

問題は貯めた金がゼロ金利ではいくら待っていても増えないことです。
だから年長者は決まって「働け」という論調になる。
自分たちの世代は楽して資産を安全に増やせたのにこれです。

そこで筆者は考えました。
使えるお金、使っていいお金は現代人のどこにあるのか。
金を貯めこむのは早期退職という目的があるからだが、
人間ピンと張りつめた状態が長く続くはずがないのです。

てかと
人間は環境になれる生き物ではあるが、
ストレスにはめっぽう弱いからな。

ゲームから学ぶ

その答えは意外なところにありました。
筆者は株式会社光栄の歴史シミュレーションゲーム
信長の野望」が好きでした。
それも一番最初の作品からやりました。

このゲームは商業の中心がで成り立っており、
兵士である武士を動員して合戦を行うにも米、
国を豊かにするには米を売って銭が必須です。

お米には相場があり、高い相場の地方で米を売り、
安い相場の地方で米を買い利ザヤで増やすことが可能でした。
しかも、現代のように米相場は安定などせず、
たとえば地元で5kg1500円で買えるコシヒカリが
隣町では5kg3000円にも4000円にもなるのです。

てかと
ゲームでは「米転がし」と呼ばれた資金調達術です。

この発想は当時の子供時代に大きな影響を与えました。
ものには希少価値や相場があるのだと。
学校ではこんなことを教えませんから革命的でした。

筆者は子供時代に、
ゼロ金利を生き残るすべをゲームから学んでいたのです。
暗黒無明な救いのない人間世界を強くなって生き残るすべを。

元金には手を出すな

その中で得た答えというのが、
収入の中から得た利ザヤだけを使うという発想でした。
元金には決して手をつけません。
わかりやすくいうと100円のものを150円で売って
利益の50円だけを生活で使うのです。

どんなに困っても貯金した金額はそのまま残すんです。
大事な目的があっても全額貯金を使い切ることもしません。
そんな無一文になるような破綻した計画は無茶ぶりです、いけません。

ゼロ金利といっても完全なるゼロではない。
増えないわけではない。
たとえ話になりますが0.2%の円金利で100万円預ければ、
一年後には源泉徴収されても受け取る利子は1500円ほど。
その金額だけを小遣として使うイメージです。
最初の内はそうやって自分の資産を安全に守りました。

てかと
まぁ、1500円でなにができるか!
ってのを考えるのも面白いですよ。

 

資産を守れるひとと守れないひとの差

FXや信用取引で金融資産を溶かすのはいつでもできる。
固く絞って守るのです。

これが俺楽流の手堅い資産の使い方です。
どんなに苦境に立たされ苦汁をなめても、
最後に笑って立っているものが勝者です。

いつまでたっても家計が火の車の人間には、
よくよく今の己の姿を見直すことをすすめます。
筆者だって初任給は手取り10万円いってないが、
冬には50万円貯金しました。

それでも現在のポジションに落ち着いたのは、
収入と支出のバランス感覚というよりも、
支出を異常なほどにケチる性質があったから。

わが家の家系がみなそうだったわけでもありません。
このあたりは個性がでるようです。

筆者の親類にも収入を入った先から使って捨てるものがいる。
飲み代や遊興費に収入以上に10万円とか100万円とか
つかったら金なんて残らない。
50過ぎても住宅ローンも組めない借家住まいのままで終わるだろう。

他人がお金をどれだけ派手に使って人生を謳歌しようが、
知ったことじゃありません。

自分の資産には手を付けない。
これが続けば年数こそかかれど、
1000万円でも一億円でも貯金するのは不可能ではないと。

まぁ、人間一人が生きていくのに一億円なんていらない。
位人臣を極め関白になった秀吉公ですら最後は孤独に死ぬさだめ。
おまけに息子は戦で破れ一族もろとも大阪の城を枕に討ち死にした。
どれだけ栄華をほこってもむなしいだけだ。
筆者くらいがちょうどよい(笑)。

まとめ

お金は来月もただあるものじゃない。
守るものです。
資本主義経済の国家では金は命に等しい。
自分が使うお金の上限は自分が決めるのではなくて、
自分が運用して得たお金だけにするべきと考えたのが筆者です。

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