年越しそばの時期がきた・・・

江戸の昔からひとの言う。
「大晦日に年越しそばを食う人多し」、と。

年越しそばの由来

そばには食べた時の噛み切りやすさから年の災厄を切る、といういわれがあり
縁起をかついで31日に食すのが日本の風習になっています。
こういうのはいいですね。
実に日本人らしい。
我が郷土でも子供のころは一家で年越しそばを食べていた。

なおクリスマスは知らぬ。以上。

てかと
うちは仏教徒だしなぁ。仏壇に先祖の位牌とかもあるし。
クリスマスやハロウィンは関係ないから。

さて、クリスマスの喉笛をばっさり噛み切ったところで、
わが家でも年越しそばを食べる用意はしています。
乾麺とかめんつゆとかフードコートに備えはあります。
ただし・・・。

炭水化物抜きがいつまで続くか・・・

明日かかりつけ医の内科で診察があるんですが、
採血と肝臓まわりの臓器の超音波検査の結果によっては、
炭水化物の主食抜きはさらに延伸するだろう。
すぱっと生活習慣を改善して対処はしたのだが、
油断禁物、慢心だめ絶対。
ここ重要
人には必ず弱点があります。弱点を克服してこそ人生。

そばも炭水化物の主食だから当然だ。
今ならそば粉にアレルギーのあるひとの気持ちもわかろうというもの。
健康なひとには病人の気持ちは決してわからないのであります。

だが、昔のひとはこんな贅沢な悩みなんてそもそもないんでは?

江戸時代に肥満なんてほっとんどないのでは。

江戸時代にはいまほど食べ物がよくなかったので、
血糖値異常とか糖尿や肝硬変なんて成人病はほとんどなかったろう。
肝硬変、肝臓がんなんて貴族や王の病気だ、大衆の病気じゃなかった。

そう考えると現代人をとりまく食習慣はどうかしている。
うまいものを好きなだけ節制もなく食らう。
まるで飢えたトラがシカを骨以外まるごと食らうように、
菓子も酒もパンもケーキも飲み込んでいく。
底なしの泥沼からわらをもつかむ伸びた手を見るようです。
十中八九、助からないパターン。

それに、最悪、年越しそばがなくても災厄を切る方法はありましょうぞ。

そばがなくても災厄を切る方法はあるけど。

たった一杯のそばすらも場合によっては今年は食えないと
考えると忸怩たる思いがいたします。
その場合、別の方法で年の災厄を断つしかなくなる。

たとえば、特売などで大根一本買ってきて大晦日に、
「ちぇすとおおおお!!!」

てかと
これぞ「まな板切り」の極意。
打ち込んだ包丁がまな板を切り裂くだけでなく、
下のシステムキッチンまで食い込むといわれている。
筆者はやらない。
脳内姑
使えない極意だわ・・・。
全損交換になるじゃない。

とか叫んでまな板を切るかのような一太刀を浴びせて両断し、
けんちん汁を作る、とかね。

そんなんで十分です。大根も切れやすいから意味は同じ。

じゃあ、まとめますか。

いっぱいの年越しそばのために祈ろう

それでも明日の検査が一般人並で落ち着いてますように。
今思うとハンバーグだのから揚げだの、
一般人が食べるようなうまい肉料理を常食したような
気がするのです。
ブラックコーヒー、ブロッコリースプラウトなどが
いい働きをしてくれたと信じよう。
バテレンの聖人に祈るのではなく、筆者の肝臓のために
祈りをささげる。
これでいいだろうとすら思います。

年を取るってのは現実を思い知らせてくれる。
うまいものが食えないとかなんの拷問なのか。
なんのために資産を増やしたのかわからない。
ほんと、ひどい。

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